大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成元年(ワ)675号 判決 1991年1月28日

原告

大牧晴男

右訴訟代理人弁護士

折田泰宏

被告

株式会社ワールド

右代表者代表取締役

畑崎広敏

右訴訟代理人弁護士

山本忠雄

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  株券返還請求事件

一  原告の請求

被告は原告に対し被告会社の株券四〇〇株を引き渡せ。

二  原告の請求原因

1  原告は、昭和五三年一月二〇日被告株式一〇〇株(額面一〇〇〇円)を代金二〇〇万円(一株当たり二万円)で取得し、被告に株券を預けた。

2  被告は、昭和六一年一二月株式配当の方法で増資を行い、株主に対し一株当たり三株(三〇〇〇円相当)の株式配当を行った。

その結果、原告は被告株式四〇〇株を所有することとなり、引き続き株券を被告に預けた。

3  よって、原告は被告に対し、被告会社の株券四〇〇株の返還を求める。

三  請求原因に対する被告の認否

請求原因1・2項は認める。

四  被告の抗弁

1  被告は、昭和五三年一月二〇日被告の社員持株制度に基づき、被告役員であった角永春実から取締役退任に伴い買い戻した被告株式の中から、一〇〇株を二〇〇万円(一株当たり二万円)の価額で原告に割り当て、以後同株式一〇〇株を預かり保管した。社員持株制度に基づき被告株式の割当を受けた社員株主は、退職等により被告又はその関連会社の社員等の身分を喪失したときは、被告に対し、一定の算式にて計算された金額で被告株式を売り戻すものとされていた。

2  原告は、昭和六〇年三月一日被告との間で、被告又はその関連会社を退職したときは、被告株式一〇〇株を三〇〇万円(一株当たり三万円)の価額で売り戻す旨の始期付売買契約を締結し、その趣旨が記載された確認書(乙六の1)を差し入れたが、昭和六一年一二月株式配当により被告株式四〇〇株を所有するに至ったので、更に昭和六二年一月一四日にも被告との間で、被告又はその関連会社を退職したときは、被告株式四〇〇株を三〇〇万円(一株当たり七五〇〇円)の価額で売り戻す旨の始期付売買契約を締結し、その趣旨が記載された確認書(乙四の1)を差し入れた。

3  原告が昭和六二年六月三〇日株式会社リザ(被告の一〇〇パーセント子会社)を退職した。

そこで、被告は、始期付売買契約の期限到来を理由に、原告から預かっていた原告所有の被告株式四〇〇株を買い戻し、同年七月二一日原告に対し、買戻代金三〇〇万円から有価証券取引税立替分を控除した二九八万三五〇〇円を現実に提供したが、原告が受領を拒否した。

そのため、被告は同年一〇月九日神戸地方法務局に、原告を被供託者として右二九八万三五〇〇円を供託した。

五  抗弁に対する原告の認否

1  抗弁1項中、原告が昭和五三年一月二〇日、被告株式一〇〇株(額面一〇〇〇円)を代金二〇〇万円(一株当たり二万円)で取得し、株券を被告に預けたことは認めるが、その余は否認する。

2  同2項中、原告が被告に対し乙四・六の各1の確認書(以下「確認書」という。)を差し入れたこと、原告が株式配当により被告株式四〇〇株を所有するに至ったことは認めるが、その余は否認する。

3  同3項中、前段・後段は認めるが、中段は争う。

六  原告の再抗弁

1  強迫

原告は、被告会社のワンマン社長の独裁体制の下で上司から確認書への署名を命令されたのであり、右命令に逆らえば自分の地位がどうなるか分からないという状況下で、被告の子会社リザの役員としての立場上拒絶ができない状態で確認書に署名したのであって、確認書による始期付売買契約の意思表示は強迫によるものであるから、これを取り消す。

2  錯誤

原告は、被告株式をリザの株式との交換で取得し、その際時価を前提に贈与税さえ支払っているのであり、退職時に被告株式を被告に売り戻すとしても、当然時価によるものと考えていたのであって、滝沢事件の訴訟対策上必要と思って確認書に署名したに過ぎないのであるから、確認書による始期付売買契約の意思表示は、要素の錯誤によるもので無効である。

3  公序良俗違反

確認書によると、被告株式を僅か三〇〇万円という極めて安い価額で売り渡すことを約するものであり、時価はその何十倍もの価値があるから、右低廉な価額での始期付売買契約は公序良俗に反して無効である。

4  通謀虚偽表示

確認書は、滝沢事件における被告の立場を有利にするために、実際には存在しない規則を有るように装い、「従前から実施されてきた規則に従って」と虚偽の事実を記載したものを、原告も含む被告会社及びその関連会社の社員から取り付けたものであり、確認書による始期付売買契約の意思表示は、通謀虚偽表示によるもので無効である。

5  物権的効果の不発生

確認書は、将来被告株式を譲渡する旨の確認に過ぎず、被告株式の始期付売買契約書ではなく、確認書をもって、原告の定年又は退職時に当然株式の譲渡という物権的効果が発生するものではない。

七  再抗弁に対する被告の認否

再抗弁は全て争う。

第二  株主総会決議不存在確認請求事件<省略>

理由

第一株券返還請求事件

一請求原因について

原告は、昭和五三年一月二〇日被告株式一〇〇株(額面一〇〇〇円)を代金二〇〇万円(一株当たり二万円)で取得し、被告に株券を預けたこと、被告は昭和六一年一二月株式配当の方法で増資を行い、株主に対し一株当たり三株(三〇〇〇円相当)の株式配当を行ったこと、その結果、原告は被告株式四〇〇株を所有することとなり、引き続き株券を被告に預けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二抗弁及び再抗弁について

1  争いのない事実

原告が被告に対し、昭和六〇年三月一日乙六の1の確認書を差し入れ、更に昭和六二年一月一四日乙四の1の確認書を差し入れたこと、原告が昭和六二年六月三〇日株式会社リザ(被告の一〇〇パーセント子会社)を退職したこと、被告が昭和六二年一〇月九日神戸地方法務局に、原告を被供託者として被告株式の買戻代金二九八万三五〇〇円を供託したことは、当事者間に争いがない。

2  始期付売買契約を締結するに至った経過

証拠(<証拠>)によると、次の事実が認められる。

(一) 被告会社の社員持株制度

(1) 被告は、昭和三四年一月設立された会社であり、昭和四〇年頃から既に社員持株制度が存在し、一定の年功と役職にある被告会社又はその関連会社の社員に対し、取締役会で決定された一定の価額で被告株式を割り当て、社員株主が被告会社ないしはその関連会社を退職する時には、被告に前記価額で被告株式を売り戻すべきものとされていたが、その後年を経る毎に社員持株制度が整備され、制度化されていった。

(2) 即ち、被告は、昭和四六年一〇月五日までは、被告株式の売買価額を一株当たり額面金額である一〇〇〇円と定めていたが、昭和四六年一〇月五日の臨時株主総会において、同価額を一株当たり三〇〇〇円と改め(乙八)、更に昭和五〇年四月一一日の臨時株主総会において、同価額を「売買直前二期間の配当率を参考とし、異常配当率と考えられる部分を控除した価額」と改め(乙九)、同日被告会社の労働組合からも賛意を取り付けた(乙一〇)。その結果、一株当たりの具体的な売買価額は、昭和五〇年当時は二万円と定められ、その後更に三万円と改められた。

(3) 昭和五九年一一月までに被告の社員株主であった者が三四名退職したが、これらの社員株主全員が前述の社員株主制度に従い、被告が定めた一定の価額で被告株式を被告に売り戻して退職していった。ところが、滝沢正が昭和五九年一一月被告を退職するに際し、社員持株制度に基づき被告株式を売り戻すことを拒否した上、神戸地方裁判所に株券引渡を求める訴えを提起するという、いわゆる滝沢事件が発生した。

(4) そこで、被告は、第二の滝沢事件の発生を未然に防止するため、従来からの慣行として存在していた社員持株制度の確認作業に着手し、昭和六〇年二月から約二三〇名の社員株主との間で、同人の退職時に保有株式全部を一株当たり三万円の価額で買い戻す旨の個別的な始期付売買契約を締結し、その趣旨が記載された確認書の交付を受けた。その際、社員株主の内の一名が個別契約の締結を拒否し、被告に確認書を交付しなかったが、その余の者は全員被告との間で始期付売買契約を締結し、被告に確認書を交付した。

(5) その後、被告は昭和六一年一〇月二六日の株主総会で三〇〇パーセントの株式配当を決議し、昭和六一年一二月に実施された株式配当により社員株主の持株数が四倍になったので、更に被告は念のため、昭和六二年一月から個々の社員株主との間で、同人の退職時に保有株式全部を一株当たり七五〇〇円の価額で買い戻す旨の個別的な始期付売買契約を締結し、その趣旨が記載された確認書の交付を受けた。その際、社員株主の内の一名が個別契約の締結を拒否し、被告に確認書を交付しなかったが、その余の者は全員被告との間で始期付売買契約を締結し、被告に確認書を交付した。

(6) なお、被告会社は、株式の譲渡制限に関する規定を設け、被告株式を譲渡するには取締役会の承認を受けなければならない旨定めており、被告株式については自由な取引は予定されていない。

(二) 原告の被告株式取得等

(1) 原告は、昭和四九年一〇月被告会社に嘱託として入社し、被告の小売部門を担当する株式会社リザの設立準備活動に携わり、昭和五〇年二月株式会社リザ設立と同時にリザの取締役営業部長に就任し、その後リザの常務取締役、専務取締役へと昇格していった。

(2) 被告は、昭和五三年一月二〇日社員持株制度に基づき、被告役員であった角永春実から取締役退任に伴い買い戻した被告株式の中から、一〇〇株を二〇〇万円(一株当たり二万円)の価額で原告に割り当て、以後同株式一〇〇株を預かり保管した。原告は、昭和五三年一月当時、株式会社リザの管理本部長であった加生正直から、前述した被告会社の社員持株制度の趣旨・内容について詳細な説明を受け、社員持株制度について充分に理解・納得した上で、被告株式一〇〇株の割当を受けた。

(3) ところで、昭和五三年当時、被告は一株(額面一〇〇〇円)当たり八〇〇〇円の配当をしており、被告株式一〇〇株の時価は少なくとも八〇〇万円(一株当たり八万円)の価値があり、原告は、加生管理本部長の助言に従い、昭和五四年三月一五日所轄税務署へ、被告株式一〇〇株の時価八〇〇万円と取得価額二〇〇万円との差額六〇〇万円の贈与を受けたとし、贈与税の確定申告を行い、贈与税一八一万円を納付した(<証拠>)。

(4) 被告は、昭和五三年から三〇〇パーセントの株式配当を決議した昭和六一年まで、毎年被告株式一株(額面一〇〇〇円)について八〇〇〇円ないし九〇〇〇円の配当を行った。従って、原告は、昭和五三年一月に被告株式一〇〇株を二〇〇万円の価額で割当を受けた後、毎年被告から八〇万円ないし九〇万円の配当を受領し、総額で約八〇〇万円もの配当金を受領した。

(三) 始期付売買契約の締結と期限到来等

(1) 原告は、昭和六〇年三月一日被告との間で、被告又はその関連会社を退職するときは、被告株式一〇〇株を三〇〇万円(一株当たり三万円)の価額で売り戻す旨の個別的な始期付売買契約を締結し、被告に対しその趣旨が記載された確認書(<証拠>)を差し入れたが、昭和六一年一二月株式配当により被告株式四〇〇株を所有するに至ったので、更に昭和六二年一月一四日にも被告との間で、被告又はその関連会社を退職するときは、被告株式四〇〇株を三〇〇万円(一株当たり七五〇〇円)の価額で売り戻す旨の個別的な始期付売買契約を締結し、被告に対しその趣旨が記載された確認書(<証拠>)を差し入れた。

(2) 原告は、昭和六〇年・六二年当時リザの最高責任者の一人であり、右いずれの際にも、経営者側の一員としての個別的な始期付売買契約の締結に積極的に賛同し、むしろ率先して個別契約の締結を部下に説得して、リザの在籍社員で被告の社員株主であった者に対し、確認書を被告に差し入れるように指導した(<証拠>)。

(3) ところが、原告は昭和六二年六月三〇日突然辞任届を提出してリザを退職した。そこで、被告は、始期付売買契約の期限到来を理由に、原告から預かっていた原告所有の被告株式四〇〇株を買い戻し、同年七月二一日原告に対し、買戻代金三〇〇万円から有価証券取引税立替分を控除した二九八万三五〇〇円を現実に提供したが、原告が受領を拒否したため、同年一〇月九日神戸地方法務局に同額を供託した(<証拠>)。

3  始期付売買契約の効力について

(一) 強迫

原告は、始期付売買契約は被告の強迫によるものであると主張する。

しかし、始期付売買契約の締結に際し、被告が原告を強迫したことを窺わせる証拠はなく、前記認定によると、個別契約の締結を拒否した社員株主すら存在する状況下で、原告は、個別的な始期付売買契約の締結に積極的に賛同し、むしろ率先して個別契約の締結を部下に説得までしているのであるから、原告が被告の強迫により始期付売買契約を締結したものとは到底認められず、原告の前記主張は理由がない。

(二) 錯誤

原告は、退職時に被告株式を被告に売り戻すとしても、当然時価によるものと考えていたのであり、始期付売買契約は要素の錯誤により無効であると主張する。

しかし、前記認定によると、原告は、従来から慣行として存在していた被告会社の社員持株制度の趣旨・内容について充分に理解納得し、退職時に被告が定めた一定の価額(時価よりも遙かに安い価額)で、被告株式を被告に売り戻さなければならないことを了解した上で、被告株式一〇〇株(時価八〇〇万円以上)を僅か二〇〇万円の安い価額で割当を受けたのであり、それ故、原告は、昭和六〇年三月一日と昭和六二年一月一四日の二回にわたり、被告との間で被告株式を三〇〇万円の価額で売り戻す旨の始期付売買契約を締結し、その趣旨が記載された確認書を被告に差し入れたのであるから、原告の始期付売買契約の意思表示に要素の錯誤があるものとは認められず、原告の前記主張も理由がない。

(三) 公序良俗違反

原告は、始期付売買契約では、被告株式を時価の何十分の一という極めて安い価額で売り渡すことを約するものであり、公序良俗に反して無効であると主張する。

しかし、前記認定によると、原告自身も社員持株制度に基づき、被告株式を時価の四分の一以下の安い価額で取得していること、原告は、昭和五三年一月被告株式を二〇〇万円の価額で取得して以来、毎年被告から八〇万円ないし九〇万円もの高額の配当金を受領しており、昭和六二年六月三〇日の退職により、被告株式を三〇〇万円の価額で被告に売り戻したとしても、充分な程の利益を受けていること、被告会社は、株式の譲渡制限に関する規定を設け、被告株式を譲渡するには取締役会の承認を受けなければならない旨定めており、被告株式については自由な取引は予定されていないことに照らすと、原告が被告に対し始期付売買契約により被告株式を時価よりも安い価額で売り戻さなければならないとしても、始期付売買契約が公序良俗に反する無効なものとは認められず、原告の前記主張も理由がない。

(四) 通謀虚偽表示

原告は、確認書による始期付売買契約の意思表示は、通謀虚偽表示によるもので無効であると主張する。

しかし、前記認定によると、被告は、第二の滝沢事件の発生を未然に防止するため、従来から慣行として存在していた社員持株制度を社員株主に再度確認してもらうため、昭和六〇年二月と昭和六二年一月の二回にわたり、個々の社員株主との間で個別的な始期付売買契約を締結し、その趣旨が記載された確認書の交付を受けたのであり、原告もその趣旨で被告との間で始期付売買契約を締結し、確認書を差し入れたのであるから、原告の確認書による始期付売買契約の意思表示が、通謀虚偽表示による無効なものであるとは到底認められず、原告の前記主張も理由がない。

(五) 物権的効果の不発生

原告は、確認書は将来被告株式を譲渡する旨の確認に過ぎず、被告株式の始期付売買契約書ではなく、確認書をもって退職時に当然株式の譲渡という物権的効果が発生するものではないと主張する。

しかし、証拠(<省略>)によると、確認書には、「貴社を定年又は途中退職する時、下記保有株式については、下記条件で貴社又は貴社の指定する社員に譲渡する」と記載され、保有株式として「被告株式一〇〇株」又は「被告株式四〇〇株」と、譲渡価額として「一株三万円」又は「一株七五〇〇円」と明記されていて、売買契約の要件である契約当事者、目的物件、売買価額がいずれも特定しているのであるから、原告が被告に対し右確認書を差し入れたことによって、被告との間で原告所有株式について始期付売買契約を締結したことは明らかであり、原告がリザを退職したことによって期限も到来したことが認められ、しかも右時点で被告は原告所有株式を預かって占有していたのであるから、被告株式四〇〇株の譲渡という物権的効果も発生したことが認められ、原告の前記主張も理由がない。

(六) 始期付売買契約の効力

以上によると、原・被告間の始期付売買契約は有効であり、原告が昭和六二年六月三〇日リザを退職したことによって期限が到来し、被告は原告から被告株式四〇〇株を買い戻したことが認められる。

三結論

よって、原告の被告株券四〇〇株の返還請求は理由がないので棄却する。

第二株主総会決議不存在確認請求事件<省略>

(裁判官紙浦健二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例